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2008-07-29

ロマネスク教会を巡る旅・ヴェズレー サント・マドレーヌ聖堂(世界遺産)

10年程前にフランス関連の雑誌でロマネスク教会の写真を見て以来、いつかフランスの小さな村にあるロマネスク教会を巡る旅をしたいと思っていました。

少々長くなりますが、ロマネスク美術について説明します。

ロマネスク美術とは、主として11世紀から12世紀中頃にかけてヨーロッパ各地で一斉に開花した初めてのヨーロッパ独自の美術(ちなみに12世紀後半から15~16世紀までをゴシック美術の時代と呼びます)を指します。人々が集まり、祈りを捧げる教会などに建築、彫刻、絵画が一体化した総合的な芸術です。この時代にロマネスク美術が開花・発展した背景には、多民族大移動などの中世初期の混乱が収束して社会・経済が安定し、修道院改革や文芸復興などの知的雰囲気が活発化したことがあります。

ロマネスク教会には世界遺産に指定されているものも多いのに、何故、ロマネスク教会はゴシック教会より馴染みが薄いのでしょうか?

ロマネスク美術では、教会や修道院そしてその内部の空間それ自体が神を象徴するものとして表現されました。そのため彫刻や壁画は建物の一部を構成するだけで、独立の美術作品として建物から切り離すことができません。そのため、ロマネスク美術を鑑賞するには、その土地に赴き、その教会・修道院を訪れなくてはいけないのです。そのためロマネスク芸術は「遠い芸術」「旅で出会う芸術」などと呼ばれています。

加えて、ロマネスクの教会・修道院は、パリのノートルダム寺院の様なゴシックの大聖堂のように大都市に現存しておらず(都市部のロマネスク教会は後にゴシック教会に建て直されてしまうことが多かったため)、魅力的なロマネスク教会は田園や山に囲まれている地方の小さな村々に点在しているため、訪れる機会が少ないことが理由と考えられます。

ロマネスク建築の最大の特徴は暗くて重量感がある内部空間です(特にシトー会のロマネスク教会は装飾が最小限に抑えられています)。ゴシックのような開放的な高さと空間を得るだけの技術は当時はまだありませんでした。しかし、円形アーチの技術以外、石を積んで壁を造るというプリミティブな方式による建築が、今に残されたロマネスクを旅する者にとっては最大の魅力となる、心休まる空間の心地良いスケールと美術的な装飾の美しさとを感じさせてくれます。

パリのノートルダム大聖堂で代表される様な人知を越えたスケールのゴシック様式も素晴らしいですが、ロマネスク教会の素朴な教会内部は人間的な温かみが感じられ、シンプルなだけに高い精神性と豊かな想像力・表現力があり、その土地、自然と密着した芸術だからこそ心を打ちます。またロマネスク教会はその土地でとれた石材を使い、地方ごとに違う装飾があったりなどして、それぞれの教会は多様性があるので、興味が尽きません。

私のロマネスク教会を訪ねる旅は、中世以来宗教の中心であり、ロマネスク美術の名産地といわれているブルゴーニュ地方のロマネスク教会から始めました。

ロマネスク美術の担い手であったクリュニー会(10世紀初頭に創立され、ヨーロッパに大きな影響を与え、11世紀に最盛期を迎えた)とシトー会(クリュニー会の贅沢主義に対抗して興り、12世紀に台頭した)という二つの修道院の発祥の地であるだったブルゴーニュ地方には美しい教会が多く残っています。

Vezelay01_2ブルゴーニュ地方の丘の上に立つ村ヴェズレー
この村は9世紀にベネディクト会の修道院が造られ、12世紀に聖マドレーヌ(マグラダのマリア)の聖遺物を納める場所として多くの巡礼者を集めました。その潤沢な資金によって、タンパン、柱頭彫刻が刻まれたそうです。

そしてこの村は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ(聖ヤコブの遺骸が埋まっているといわれるスペインの聖地)とエルサレムの東西二大巡礼地への出発点でもあります。

ヴェズレーでは9世紀にベネディクト会の修道院が造られ、12世紀には聖遺物であるマグラダのマリア(娼婦であったが、悔悛し、後に聖女としてあがめられるようになった女性)の遺骸を安置する聖堂としてサント・マドレーヌ教会が建てられました。それ以来ヴェズレーは聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の遺物のあるスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ(エルサレム、ローマと並ぶキリスト教3大聖地の1つ)へと向かうフランス側の4起点の一つです。

2,000キロに及ぶ距離をあるくのは並大抵のことではないと思いますが、中世の時代には年間50万人以上の巡礼者がサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指したそうです。現在でも夏のシーズンになると世界各地から大勢の人々が徒歩、自転車、車でサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指しているようです。13世紀までは隆盛を極めたそうですが、聖遺物が偽物と判明し、人気は一気に衰えたそうです。
しかし、この栄華の時代に集まった潤沢な資金で、ロマネスク彫刻のタンパン(入り口上部にある半円形の部分)や柱頭彫刻が刻まれ、現在の人気が戻ったそうです。

教会までは緩やかな坂道をのぼっていきます。
Vezelay03参道の坂道はレストラン、お土産物屋さん、ワインカーブなどがあり、目を楽しませてくれます。
Vezelay33
Vezelay26視線を落とすと、聖堂へ向かう道にはこのようにサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の目印になる帆立て貝のプレートが埋め込まれています。 聖ヤコブはフランス語で“サン・ジャック”といいます。巡礼者はその証として帆立貝の貝殻を首にかけていることが多いそうです。
Vezelay32番地にも貝殻のしるしが。
Vezelay30 緩やかな参道を10分ほど歩くと、サント・マドレーヌ聖堂に到着します。
ロマネスク美術の粋を集めた、巡礼者が「永久の丘」と呼んだヴェズレーの象徴サント・マドレーヌ教会。
Vezelay25正面扉口のタンパン彫刻(扉口上部の半円または尖頭アーチで囲まれた部分。中心となるテーマが装飾されています)は、破壊された後に造られた後世の作品で、有名なタンパンはこの奥にあります。
Vezelay04堂内に入ってすぐのナルテックス(玄関間)のタンパンは、フランス・ロマネスク彫刻の白眉と言われています。
中世人の信仰のドラマが大胆・雄大なスケールで描かれています。中央のキリストが、すべての国への宣教の使命を与えるキリストがこの場面の主題だそうです。
雲間に出現したキリストの手から出るシャープな光線(聖霊)は、使徒達にすべての国の言葉を語る能力を与える、キリスト昇天の10日後に起きた「聖霊降臨」を暗示しています。

いかにも巡礼地へ出発地であるヴェズレーにふさわしいテーマです。

半円に沿って並んだ枠の中やキリストの足元の列には世界の民族が配され、外側のアーチには黄道十二宮が表されており、キリストが全宇宙の時空間を統治することを示唆しているそうです。

次回ご紹介するオータンのタンパンとこのヴェズレーのものは、ブルゴーニュのロマネスクのタンパンの二代傑作と言われています。人物を一人ひとりみていくと面白いです。

Vezelay05キリストの衣に刻まれた渦巻状の襞の意匠が、キリストの全能を見せつけるようです。

ロマネスクならではのエネルギー感が溢れています。
Vezelay06二色の石を交互に組み合わせた(異なった色の大理石を交互に配するのは、イスラム圏の建築の影響だそうです。ビザンチンやイスラムなどの建築様式を摂取しながらロマネスク独自のスタイルが確立されました)天井アーチのある明るく広大な身廊(正面から内陣へと向かう東西に細長い空間)。ロマネスクの教会としてはとても大きいです。

奥の内陣(祭壇を中心にして聖職者達が儀式を行う場所)は13世紀にゴシック様式で再建されたそうです。(ちなみに祭壇とは、血と肉であるワインとパンを信者達が口にする「神の食卓」というのが元々の位置づけです)。

中世の巡礼者はさぞ圧倒されたでしょうね。
Vezelay07サント・マドレーヌ聖堂のもう一つの見所は、100点にもおよぶ身廊(正面から内陣へと向かう東西に細長い空間)と側廊(身廊の左右にある通路)を仕切る柱にある柱頭彫刻です。

建築と調和したロマネスク彫刻はこの時代の美術を代表するもので、各地の文化的素地の多様性、人々の想像力の豊かさ、深い宗教精神を伝えています。
柱頭彫刻はギリシャ時代からありましたが、ギリシャのものは主に植物的な文様であり、物語的な柱頭彫刻はロマネスク芸術から始まったそうです。

Vezelay09エジプト人を殺すモーセ。
Vezelay10ダビデとゴリアテ。

ダビデは植物の花弁にのっかかって切り込んでいます。これはダビデが小さい子供であることを強調しています。ダビデが少年の頃に巨人戦士ゴリアテを倒す聖書物語は、信仰の厚いダビデの勇気と、神を嘲って武力に頼る暴虐なゴリアテの決闘の結末から、信仰の大切さを学ぶ教訓として語られる、欧米人にとってなじみの深い話だそうです。

Vezelay11聖アントニウスの幻覚。

聖アントニウスは修道院制度の開祖とされる隠修士です。 砂漠で長い禁欲的な生活を送っているときにさまざまな幻覚に襲われます。 悪魔達は修道士を塔の上から引きずり落とそうとしています。
Vezelay19 聖ベネディクトに対する悪魔の誘惑。聖堂にいる悪魔たちは、修道士の悪夢から生まれた修道士が日々戦っていたイメージの産物だそうです。
Vezelay13 世俗の音楽と悪魔。

神・信仰の力に対抗する悪の象徴としての悪魔を想定することで善悪の対立関係をイメージしやすくなるため、悪魔はキリスト教の体系の中にしっかりと組み込まれています。
Vezelay14天秤座。
Vezelay15 逆さになって雑巾のように絞られ、大鷲に苛まれている少年は、ギリシア神話のガニュメデス。左の人物は嘆いている父親。
Vezelay16聖エウスタキウスの幻視。

聖エウスタキウスが狩りの途中、鹿の角の間に十字架が輝きキリストの姿が浮かぶのを見て、妻とともにキリスト教に改宗したという伝説。
Vezelay17 絶望と淫欲。
右は蛇に足を絡ませながら淫欲に苦しむ女性。左は絶望して自らの胸に剣をさしている悪魔。
Vezelay18想像上の生き物の戦い。ヴェズレーの柱頭彫刻は見ていて飽きません。
Vezelay20 サント・マドレーヌ教会で最も素晴らしいと言われている柱頭彫刻「神秘の粉挽き」。左のモーゼが小麦を機械に入れ、右の聖パウロがこれを粉にする場面です。旧約聖書のモーゼから新約聖書のイエス・キリストへの移り変わりを象徴していて、粉挽きの車輪車輪の十字は旧約聖書と新約聖書をつなぐイエスの象徴だそうです。
Vezelay22 隠者聖パウロの埋葬。聖アントニウスが聖パウロの霊に祈っています。 二匹のライオンは聖パウロを埋葬する穴を掘っています。
Vezelay23大天使ラファエルと悪魔アスモデウスによって、善と悪の戦いが具象的に表現されています。
Vezelay29教会は町の麓から坂道を登りきったところにあるので 教会の裏手は、ブルゴーニュの美しい田園風景を一望できる見晴らしの良い広場になっています。
Vezelay27少し霧がかかっていましたが、素晴らしい眺めです。
Vezelay28地平線まで続くなだらかな丘陵。
Vezelay35参道にあるレストランLe Saint Etienneのシェフが出てきたので、パチリ。
Vezelay36今回は行きませんでしたが、パリのジョルジュサンクで働いていたシェフが10年ほど前に地元ヴェズレーに戻って開いたお店だそうです。ブルゴーニュの教会巡りは美味しいワインと食事もいただけるので嬉しいです。
Vezelay34ヴェズレーのワインがあったので、購入しました。
Vezelay42ラベルにも帆立貝が。
Vezelay40次はオータンに向かいます。






 

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