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2009-10-09

フランシュ・コンテの週末⑦世界遺産・アルク・エ・スナンの王立製塩所へ

Jura173フランスで最も美しい村、ボーム・レ・メシュー(Baume les Messieurs)から
Jura174コンテチーズの牛。
Jura175懐かしい景色(?)が。
Jura176アルボアを越えます。
Jura177アルボアの教会にも別れを告げて、
Jura178アルク・エ・スナン(Arc-et-Senans)の世界遺産・王立製塩所へ。
Jura180 アルク・エ・スナン王立製塩所は、18世紀後半に、現代建築の先駆者といわれるクロード・ニコラ・ルドゥーが設計・建設し、未完に終わった工業都市です。

アルク・エ・スナンにある旧王立製塩所は、1982年に、「アル・ケ・スナンの王立製塩所」として世界遺産に登録されていましたが、2009年6月、サラン・レ・バン(Salins-les-Bains)の製塩所を加えて、「サラン・レ・バンの大製塩所からアルク・エ・スナンの王立製塩所へ」として拡大登録されました。

当時、塩は、肉や魚などを貯蔵するための必需品で、そのため、税金は塩の消費量に応じて徴収されていました。
Jura181フランシュ・コンテ地方は、岩塩の埋蔵に富んでおり、サラン・レ・バン(Salins-les-Bains)周辺では、近くの森から集めた薪を燃料に、井戸から汲んだ塩分の多い水を蒸発させて塩を製造していたそうです。

森林資源の豊富なショーの森 (Forêt de Chaux) に近い平坦地で、ドール運河(Dole)やライン川の利用にも便利であったこと、塩の需要が大きいスイスを販売先に見込めたことが、この町に製塩所を創設した理由だそうです。
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Jura182時間もないので、格子から中を覗いてみます。
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Jura185当時、塩は王家の重要な財源となっており、貴重な塩を扱うため、製塩所は高い塀で囲まれ、出入りは厳しく制限されていました。
Jura184円形都市の半分は完成しました。ルドゥーは残りの半分に学校や病院を建築する計画でした。しかし、製塩所が完成して10年後にフランス革命が勃発し、ルドゥーは投獄されてしまいます。円形の理想の都市を作るというルドゥ-の志は半ばで終わり、半円の形をした製塩所が残されたそうです。
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Jura188もう数十キロ行けば、ギュスターヴ・クールベの生誕地オルナン(Ornans)なのですが、更にベルギーから離れてしまうので、次回の楽しみにすることにして、ブリュッセルに戻ります。
Jura192シトー会の修道院
Jura193サン・ジャン・ド・ローヌ(Saint Jean de Losne)。ソーン川とブルゴーニュ運河、ドイツに続くローン運河の合流地点のため、フランス内陸地にはめずらしく本格的なハーバーがあるそうです。またフランス大手のヨットブローカーのH2Oの拠点であるため、港にはたくさんの売り出し中のヨットが所狭しと並んでいるそうですよ。
Jura194オーソンヌ(Auxonne)
1475年に設立されたフランス最古のガラスメーカー、ラ・ロシェール(La Rochere)の故郷。ラ・ロシェールのテーブルウエアは、フランスはもちろんヨーロッパ各地のカフェ・レストランでも見かけます。

ラ・ロシェールのサイト(日本語)

ラ・ロシェールのサイト(英語・仏語)
Jura197家具工場があるのでしょうか?
Jura198コントレックスの故郷の村コントレクセヴィル(Contrexeville)と同じくミネラルウォーターで有名な村、ヴィッテル(Vittel)。二つの村は車で数分の距離だそうです。
Jura199ヌフシャトー(Neufchateau)
Jura203ロレーヌ地方ティオンヴィル(Thinoville)のカテドラル。
Jura205紅葉のブリュッセル
Jura206に戻ってきました。







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