フランスの教会・修道院

2016-08-21

棟方志功の版画に似ているロマネスクのフレスコ画!ノアン・ヴィックのサン・マルタン教会へ

棟方志功の版画に似ているロマネスクのフレスコ画!ノアン・ヴィックのサン・マルタン教会へ

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2016-08-18

【世界遺産】孤高で壮麗なゴシックの大聖堂、ブールジュのサン・テティエンヌ(Cathedrale Saint-Etienne)へ

【世界遺産】孤高で壮麗なゴシックの大聖堂、ブールジュのサン・テティエンヌ(Cathedrale Saint-Etienne)へ

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2010-12-19

シャブリ村のビストロ・デ・グラン・クリュ(Le Bistrot des Grands Crus)

Chablis31シャブリ村の中心(Place Charles de Gaulle)。
Chablis21ジャン・マルク・ブロカールのブティック。
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Chablis34直球ネーミングのシャブリ・バー!入ってみたかったのですが、たまたま客層がちょっと...だったので、やめました。残念。
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ディナーは、オステルリー・デ・クロ(Hostellerie des Clos)の系列で、その近くにあるビストロ・デ・グラン・クリュ(Le Bistrot des Grands Crus)へ。
Chablis36このリエットが美味しくて、これとワインとパンだけでも満足なほど。
Chablis3820€のコースもあります。
Chablis39店内はシンプルです。
Chablis40いつも通りフランス人より早い時間に入ったので、まだお客さんは少なかったです。お店に入るときに「予約していますか?」と聞かれて少しあせったら、笑顔で「冗談ですよ。大丈夫ですよ。」と言われて、すっかりなごみました。サービスも終始つかず離れずで、感じの良いものでした。
Chablis37まずはグラスでプリミエ・クリュのシャブリ(5.3€)をいただきます。
Chablis41ブルゴーニュ料理の定番!ウッフ・アン・ムレット(Oeuf en Meurette au Pinot noir 、7.5€)。
ポーチドエッグ(大抵2つ入っています)にムレットソース(炒めたエシャロット、ニンニク、玉ネギなどを地元産赤ワインで煮込んで小麦粉少量でややとろみを付けたソース)をかけたもの。ワインにとても合います。
Chablis42ブルゴーニュの定番のエスカルゴ(Escargots de Bourgogne en caquelon,11.8€)。
Chablis43 シャブリの著名生産者のドメーヌ・ウィリアム・フェーヴル
(Domaine William Fevre)シャブリ・グラン・クリュ・”レ・プルーズ ”(Les Preuses)
のハーフボトル(33€)を頂きました。

色は濃い目。香りを嗅ぐとバターのような豊かな芳香。でも飲むとキリッとした酸味が利いています。シャブリっぽいミネラル感はあまりせず、果実味とボリューム感があり「上品で濃厚なブルゴーニュ」といった印象です。

このビストロの近くにドメーヌ・ウィリアム・フェーヴルがあるのですが、冬休み中(毎年12月から3ケ月間)で残念ながら今回は試飲は出来ませんでした。
Chablis44シャブリのアンドゥイエットのブレゼ、シャブリソース(Andouillette de Chablis Braisee au Chablis、17.5€)。アンドゥイエットは、豚の腸に、内臓やその他の肉を細かく切って詰めた腸詰です。
ブルゴーニュと言えば、有名なシャロレ牛!シャロレ牛のエストラゴンのバター添え。(Faux filet de charolais au beurre d'estragon、17.5€)。シャロレ(Charolais)とはシャロル(Charolles)という村を中心にしたブルゴーニュ地方の名前です。
Chablis46本日のデザートは甘さが控えめで美味しい!

気軽な雰囲気の割に味は本格的に美味しいし、サービスも感じが良く、リーズナブルなので、是非また来たいです。


Chablis47翌朝、ホテルの周りを散策。ドメーヌ・ウィリアム・フェーヴル
Chablis50日本語の本もあるんですね。
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Chablis53控えめな看板のドメーヌ。
Chablis55フランソワ・ラブノーさんのドメーヌです。

シャブリのトップ・ドメーヌのドメーヌ・フランソワ・ラヴノードメーヌ・ヴァンサン・ドーヴィサ(この両家は姻戚関係で、お互いに敬意を払いながら常にトップの座を争っています) はドメーヌの訪問は受け付けていません。またブルゴーニュのワインショップでさえも彼らのワインを見つけるのは困難です(日本のワインショップの方が手に入りやすいです)。

ヴァンサン・ドーヴィサのグラン・クリュ、プルミエ・クリュは長命で、良い年なら15年以上熟成すると言われています(ちなみに2008年のシャブリ地区のワインは2002年同様に高品質で長期熟成に耐えると言われています)。

Chablis56シャブリの村を去り、
Chablis65以前訪れたお気に入りのシトー会のポンティニー修道院へ。
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Chablis75ブリュッセルに戻ります。










シャブリのサイト(日本語)

ビストロ・デ・グラン・クリュ(Le Bistrot des Grands Crus)
8-10, rue Jules-Rathier
89800 CHABLIS

ドメーヌ・ウィリアム・フェーヴル(Domaine William Fevre)のサイト(日本語)

<関連記事>

ロマネスクとゴシックの混在、シトー会ポンティニー修道院

ブルゴーニュのシャブリ村に行きました

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2010-06-04

世界中のゴッホファンの巡礼の地、オヴェール・シュール・オワーズへ

Juin_2パリから北西に約30キロ。オワーズ川(L’Oise)を望むオヴェール・シュル・オワーズは、印象派の画家達に愛されたのどかな田舎町です。南フランスのサン・レミからゴッホオヴェール・シュル・オワーズにやってきたのは1890年の5月20日、ゴッホが37歳の時です。

37年の生涯で、ゴッホが画家だったのは、27才からの10年間です。そして今日、私たちが目にするゴッホの作品は、最期の約3年の間に描かれたものが大半です。

そしてオヴェール・シュール・オワーズは、天賦の才能に恵まれながら37歳という短い生涯の終わりを迎えなければならなかったゴッホの終焉の地です。
Juin01ゴッホ『オヴェールの教会』の教会が見えてきました。
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Juin02ゴッホが人生の最後に住んだラヴー亭(Auberge Ravoux)

サン・レミの精神科病院からゴッホがこの町に移ってきたのは、ピサロが友人であるゴッホを病院に入れるよりも、精神科の医師であり、美術収集家でもあるガシェ医師の保護の下で、自由に絵を描かせてあげたいということからでした。

ゴッホは自殺するまでの2カ月間、晩年の傑作といわれる『オヴェールの教会』『カラスのいる麦畑』など、この町の建物や風景をモティーフにした70点あまりもの作品を描きました。

ゴッホも食事をした1階のカフェは現在レストランとして営業しています。
Juin03“画家のフィンセント・ヴァン・ゴッホは、この家に住み1890年の7月29日に亡くなりました”と書かれています。
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Juin08_3ラヴー亭は面倒見の良い親切ラヴーさんの経営により、多くの村人や村に集まる芸術家などが集まりにぎわっていました。人付き合いが苦手だったゴッホも表面上は容易に溶け込むことが出来たようで、ラヴーさんの娘、アドリーヌさんの絵をはじめたくさんの土地の人の肖像画も残されています。
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Juin06このラヴー亭の4畳ほどの屋根裏がゴッホの部屋。現在は元通りきれいに改修されゴッホ博物館として一般公開されています。

薄暗い階段を上がっていくと、小さな明かり取りの窓がある小さな部屋に、ぽつんと椅子が置かれています。

ゴッホは多くの作品を残しながら生前売れた絵はわずかに一枚。生活はすべて唯一の理解者、弟テオに頼りきっていました。できるだけ弟に負担をかけたくない彼にとって、パリにほど近いこのオヴェールは、格安の下宿料と、親身になって相談に乗ってくれる医師、そして絶好のモチーフを得ることができ、気兼ねなく安定した暮らしが手に入るはずでした。

6月初め、テオは、今の仕事が嫌になり自分で店を持つことを考えているという手紙をゴッホに送ります。そしてその手紙には、ゴッホに対して、近いうちに二人とも生活費を切り詰めなくてはいけないだろうというメッセージが入っていました。この知らせにゴッホはショックを受け、「自分の足でさえしっかりと立てず不安定なのに、僕の人生ももう根元までもだめになった」という言葉を残しています。

そして、7月27日オヴェールの麦畑でゴッホは自らの胸をピストルで撃ちます。しかし死に切れず、この部屋にたどり着き、2日後の7月29日早朝、彼の最も良き理解者であった弟テオに見守られ、37歳の短い生涯を閉じます。
Juin07_2隣の部屋。パイプベッドと、洗面台などが置かれた簡素な部屋。
Mai17_3ゴッホが絵の題材としたであろう風景の残る辺りを散策。
Juin09_6前方の階段は、

Juin10_2 『(5人の人物と)オヴェールの階段』の階段です。
Juin11オヴェールの美しい風景は、ゴッホを元気にし、亡くなる前の2ケ月、ゴッホは油彩・デッサンをほぼ一日に一点のペースで精力的に作品を仕上げています。
Mai16_2 ラヴー亭の裏手から丘へ登っていくと、
Mai413世紀に建てられたオワーズ川を見下ろす丘の中腹にある石造りのノートルダム教会。
ロマネスク様式にゴシック様式が混合されたもので、小さいながらも端正な教会です。
Mai13_2ゴッホがオヴェールに来て2週間後に製作した『オヴェールの教会』のパネルが手前にあります。大地の生命力を感じさせる鮮やかな色彩、筆の勢い、安定感から精神状態が良かったのだと感じさせます。
Juin12ゴッホが眠る墓地へ行く道は、ずっと麦畑の中です。(絵はゴッホ『雨』)
Juin13劇的な最期を遂げたゴッホと、兄の才能を最後まで信じ、面倒を見たゴッホを追うように兄の死後から半年後に亡くなった弟テオの墓は、現在のゴッホの絵の価格とは無縁の質素なものです。2つ並んで共同墓地の片隅に仲良く並んでいます。お墓の周りのアイビーはガシェ医師の家から持ってきたもので、兄弟の深い絆を象徴しているようです。
Mai8『カラスのいる麦畑』を始め、ゴッホがたくさん描いた麦畑のある風景が墓地近くに広がっています。見渡す限り麦畑。
Mai6ゴッホがピストル自殺を図ったのがこの麦畑と言われています。
Mai7『カラスのいる麦畑』。亡くなる直前に描かれた麦畑は金色に輝いています。亡くなる直前に描かれた絵ということで、この絵に狂気を感じるという人が多いですが、私には狂気は全く感じられません。ゴッホの死には謎が多いので、本当の理由はわからないですが、筆遣い・色彩も躍動感を感じられ、ゴッホが精神状態が良く、絵を描く喜び・自信を感じます。これから更に素晴らしい作品も描けたゴッホが道半ばに亡くなったことは本当に残念です。
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Mai10ゴッホは弟一家を休暇に呼びたがった程、このオヴェールの町が気に入っていたそうです。

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2009-10-09

フランシュ・コンテの週末⑥フランスの最も美しい村、ボーム・レ・メシュー(Baume les Messieurs)

Jura120_2看板のフランスで最も美しい村ボーム・レ・メシュー(Baume les Messieurs)へ(村の動画)。
Jura121昨日訪れたシャトー・シャロンの看板。
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Jura123 ブドウ畑からシャトー・シャロンの村を見上げます。
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Jura127フランスで最も美しい村、ボーム・レ・メシュー(Baume les Messieurs)に到着。 
Jura129 もともとクリュニー会の修道院だった場所が見えてきました。
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Jura133909年、クリュニー修道院(L'Abbaye de Cluny)の修道士達によって、この地にサン・ピエール修道院(Abbaye Saint-Pierre)が創建されました。(修道院の動画
Jura137入口には美しい彫刻があります。
Jura1341336年、1520年、1560年の3回火災に遭っており、回廊が失われ、18世紀に再建されました。
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Jura142小さな村です。少し車で回ってみます。
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Jura146この村は、高さ100mの岩壁がそそり立つボーム圏谷(Cirque de Baume)の谷底にあります。
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Jura147修道院以外は、特に何があるというわけではないけれど、景色はとても綺麗。
Jura165人口約200人だそうです。
Jura170近くに洞窟があると聞いて、ちょっと車を走らせます。
Jura149アヌシー湖のように美しい川。ところで、時計産業はスイスと現在言われていますが、それは戦後の話だそうです。

フランシュ・コンテ地方のサン・クロードの時計職人の多くが、ドイツ軍占領下の時代に国境を越えてスイスに逃げました。そして彼らがジュネーブを選んだ理由はレマン湖の水質が故郷フランシュ・コンテのドゥー川の水と同じ位に上質だったからと言われています。時計製造には、使用する水の品質も重要なのです。
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Jura148滝(動画)。
Jura154洞窟(鍾乳洞?)があり、その下からこんこんと水が涌いています。
Jura156 更に奥に行くと、洞窟が出て来ましたが、夏の間しか公開されておらず、中に入ることはできませんでした。
Jura168今回の旅の最後の目的地に向かいます。


ボーム・レ・メシュー(Baume les Messieurs)のサイト

<関連記事>

ヨーロッパで一番の透明度!エメラルドグリーンの輝くアヌシー湖へ

世界のセレブのお気に入り ~アヌシー湖畔の村タロワールへ








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2009-10-06

フランシュ・コンテの週末②パストゥールの生誕地、アルボアの町を散策

Jura31ステファン・ティソで試飲をしてから、もう一軒ドメーヌを訪ねるので、酔い冷ましを兼ねて町を散策します。
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Jura46ミシュランの2つ星レストラン、ジャン・ポール ジュネ.(Jean-Paul Jeunet)入っているホテル。
Jura10パストゥール博物館(La Maison de L. Pasteur)の標識。
Jura115パストゥール博物館(La Maison de L. Pasteur)アルボアは、近代細菌学の開祖、ルイ・パストゥール(Louis Pasteur、フランスの生化学者、細菌学者)の生誕地です。
Jura118パストゥールは、牛乳、ワイン、ビールの腐敗を防ぐ低温での殺菌法、ワクチンの予防接種という方法を開発し、狂犬病ワクチン、ニワトリコレラワクチンを発明しました。
Jura116パストゥールIl y a plus de philosophie dans une bouteille de vin que dans tous les livres...」(一瓶のワインのなかには、すべての書物よりも多くの哲学が詰まっている)という格言を残しています。
Jura117残念ながら休館でした。
Jura23 町のウィンドーには、いたるところにパストゥールの胸像や
Jura22パストゥールラベルのワインや、
Jura24 ショコラや、
Jura25カップなどが売られています。
Jura27少し歩くとパストゥール広場みたいなところがありました。
Jura28銅像がありました。
Jura33_2
Jura34アルボアは小さな川沿いの小さな中世風の可憐な町です。
Jura35聖ジュス教会(Église St-Just)

Jura36ここにもパストゥールの胸像。
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Jura43三廊式の身廊で、側廊のさらに外側に礼拝堂を備えた複雑な構造になっています。身廊の柱は11世紀創建当初のものですが、それ以外は12世紀以降のものだそうです上部はゴシック様式となっています。
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Jura39柱はロマネスク様式。三角柱と円柱が交互に立っています。
Jura40パストゥールのお墓。
Jura42アルボアにある有名なショコラティエへ向かいます。





   

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2009-06-25

フランスの異国、ブルターニュ地方を巡る旅⑤ギミリオー(Guimiliau)の聖堂囲い地へ

Bretagne115ギミリオー(Guimiliau)に到着。
Bretagne116サン・テゴネックカルヴェールは少しコミカルタッチでしたが、こちらのものは立派なカルヴェールで有名です。
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Bretagne124エリザベトの訪問。
Bretagne125 受胎告知。
Bretagne123_2キリスト降架。
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Bretagne128マギの礼拝。
Bretagne129産湯。
Bretagne130オリーブ山の祈り。
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Bretagne143サン・テゴネック同様、教会内部はパステルカラーと金色の華麗な世界です。
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Bretagne145エジプトへの逃避。
Bretagne147この近くに聖堂囲い地は沢山あるのですが、時間の都合上今回は2つだけ訪れました。
Bretagne148バターが名産のブルターニュでは、のんびりした牛をよく見かけます。カンペールに向かいます。

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2009-06-24

フランスの異国、ブルターニュ地方を巡る旅④ブルターニュ独特の教会様式「聖堂囲い地」・サン・テゴネック(Saint Thegonnec)へ

Bretagne95 フランスでのケルト文化継承の地、ブルターニュの中で一番異国のムードが漂うフランスの最西端のフィニステール(最果ての地)県にきました。

フィニステールには、16~18世紀に建造された「聖堂囲い地」と呼ばれる、教会以外に、納骨堂、墓地、凱旋門、カルヴェール(キリストの一生や福音書の物語を表す石の彫刻。ステンドグラスのように、文字が読めない人でも理解できるようにシンプルに表現されています)が石垣に囲まれているブルターニュ地方独特の宗教空間が集まっています。カルヴェールは、色々なタイプがあるそうですが、まずは彫刻がちょっとコミカルタッチと言われているサン・テゴネックカルヴェールへ。
Bretagne96教会を石壁で囲み下界と遮断している「聖堂囲い地」
Bretagne97サン・テゴネック(Saint Thegonnec)カルヴェール
Bretagne102ブルターニュ独特の教会様式「聖堂囲い地」は聖域に入った様な敬虔な気持ちになります。
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Bretagne99人物のしぐさがちょっとコミカルです。
Bretagne100キリストの生涯のさまざまな場面が彫られています。
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Bretagne106教会内部。
Bretagne107木彫の洗礼堂。
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Bretagne111簡素な外観からは想像できないほど、教会の内部はパステルカラーと金で華麗に飾られ、見ごたえがあります。
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Bretagne114聖人の像がいくつも飾られ、ブルターニュの聖人信仰の篤さを物語っていました。
Photo_2ブリュッセルの王立美術館にゴーギャンの「ブルターニュのカルヴェール」という絵があります。

これから立派な造りで有名なギミリオー聖堂囲い地に向かいます。





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2009-05-27

すべてバカラ製クリスタルのステンドグラス!バカラ村のサン・レミ教会へ

Baccarat48バカラ村で、もう一つ見るべきものがあります。
Baccarat2バカラ村の村役場近くにある
Baccarat13少し変った形のモダンな教会。サン・レミ教会 (L’église Saint Remy)です。
Baccarat14第二次世界大戦で爆撃された教会を1957年に再建したものだそうです。半世紀前に建てられたとは思えないほど、斬新なデザインです。

Baccarat4755mある三面体の細長い鐘楼は三位一体のシンボルだそうです。
Baccarat46_2中に入るとバカラの職人達の手によるクリスタルのステンドグラスで飾られた息をのむほど美しい空間が広がっています。
Baccarat17ステンドグラスのテーマは、人生と光(La Vie et la Lumière)だそうです。
Baccarat32
Baccarat34150色、20,000ピースのバカラのクリスタルが使われているそうです。
Baccarat18
Baccarat36贖罪を表すバラ窓。
Baccarat37
Baccarat38
Baccarat39
Baccarat42
Baccarat43
Baccarat33内陣には12使徒が表現されています。メッスのコクトーのステンドグラスを彷彿する、モダンなデザイン。
Baccarat41
Baccarat44
Baccarat40

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2009-05-16

アルザスワイン街道⑩カイゼルベルグ(Kaysersberg)のバラ色のロマネスク教会

Alsace242 12世紀から15世紀にかけて建設されたサント・クロワ教会(Eglise Sainte-Croix)
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Alsace211
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Alsace227セイレーンの柱頭彫刻。
Alsace226
Alsace232ゴシックの教会のようなガーゴイルも。堂内もロマネスクとゴシックが混在していました。
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Alsace225ちょうど光が入ってきて荘厳な雰囲気に。
Alsace223
Alsace218
Alsace215_2
Alsace216

Alsace224キリストの生涯が描かれたステンドグラス。
Alsace214“嬰児虐殺”(未来のユダヤの王(イエス・キリスト)がベツレヘムで生誕したと聞いたユダヤのヘロデ大王がベツレヘムで二歳以下の男児を全て殺害させたとされる出来事)。

Alsace219この教会の一番の見所の16世紀のジョン・ボンガルツによって作られた祭壇彫刻。
Alsace222 “最後の晩餐”
Alsace221 “オリーブ山の祈り”。最後の晩餐後、逮捕前のわずかな時間にキリストは祈りを捧げるために弟子のペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴い、オリーブ山に行きます。暗闇の中、ごつごつした岩の上でひざまずき、一心に祈るキリスト。弟子達は傍らで眠っています。

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